2009年2月13日金曜日

『CHEチェ 28歳の革命』 『CHEチェ 39歳 別れの手紙』 赤いキリスト、ゲバラ。




革命から遠く離れて。

世界中が混沌としている。
中東の戦火は鎮まる気配は無いし、アメリカも消費社会のツケが回って尻に火が付いた。ヨーロッパもアジアも、そしてここ日本でも政治・経済制度が疲弊し、けれど、どうしたら良いかダレも分からない状態だ。ましてや日々の生活に窮している一庶民の僕なんかが未来を夢見ることなど出来やしない。
一体、どうしたら良いのやら…。
そんなとき、一筋の光明を見せてくれる作品が現れた。

『CHEチェ 28歳の革命』(`08)、『CHEチェ 39歳 別れの手紙』(`08)。キューバ革命の若き英雄、エルネスト・チェ・ゲバラの栄光と死に至るまでを克明に追った、2部作合わせて4時間半の大作である。




※注意! 結末が分かる内容が含まれています。


共産主義亡き後に知った、若き革命家。


ゲバラの肖像はポスターやTシャツやステッカーにプリントされ、ファッションアイテムの一つとして世界中に流布されているが、一体何を成し遂げ、どんな人生を送ったのかを知る人は、特に若い世代では少ないかもしれない。かくいう僕も、 10数年ほど前にとある洋服屋で彼のポスターを見かけて興味を持ち、彼の手記「ゲバラ日記」 (中公文庫)を一読したぐらいのもの。けれど、文面から滲み出るゲバラの魅力にヤラれてしまい、すっかりハマってしまったのを覚えている。当時は共産主義国家の親玉たるソ連が崩壊して間もない頃。革命なんて理想は建前に過ぎず、結局多くの人々を殺し抑圧し続けただけの巨大な詐欺装置だったことを知っていたはずなのに…。なぜ、こんなにもゲバラに惹かれるのだろうか? 


ゲバラに惹かれた男、デル・トロの闘い。


そんな訳でゲバラの全貌を掴み損ねたまま今に至るのだが、実は僕と同じようにゲバラにヤラれた男が海の向こうにいた。本作でゲバラに扮し、同時にプロデューサーもつとめたベニチオ・デル・トロである。
「実は、チェ・ゲバラに対して強いイメージを持っていたわけではなかったのです。ただ、本屋で見た彼の笑顔の写真を見て以来、チェに惹かれるようになっていきました」
デル・トロも僕と同じように、ゲバラとの出会いはほんの些細なきっかけだった。だが、ここからが東洋のボンクラとハリウッドのカリスマ俳優との違いで(笑)、彼はゲバラの抗しがたい魅力を映画化するべく、徹底して調べるのである。ゲバラに関するあらゆる書物、映画、写真に触れ、ついにはゲバラとともに過ごしたことのある人々にまで会い、彼の人間性まで吸収しようとした。だが、ゲバラに近づけば近づくほど、デル・トロの苦悩は深くなっていった。
「実在したチェになることは不可能なんだ。それに恐れをなした」
ゲバラは歴史に名を残す英雄である。わずかな人数でキューバに上陸し、過酷な闘いを経て独裁体制を倒し、20代の若さで革命政権の閣僚に選ばれた。だがその地位に驕ることなく、積極的に民衆の中に入り、共に労働で汗を流し、さらに人気を得ることになる。さらには地位を投げ捨て、名前を隠しボリビアに渡り、少数の人間でゲリラ活動を行い、軍部に処刑されてしまう。わずか10年弱の間に八面六臂の活躍をした、正に英雄である。
ゲバラをスーパーマンとして描くことは意外と簡単なことかもしれない。だが、デル・トロはこの作品で彼を一人の普通の人間として捉えている。悩み、迷いつつも己の信念のままに道を突き進む、生身の人間、ゲバラとして。


盟友ソダーバーグとの二人三脚で試みる“本物の物語”。


そこで登場するのが、監督のスティーブン・ソダーバーグである。デル・トロとソダーバーグは、『トラフィック』(`00)で組んで以来の盟友である。
「ドキュメンタリータッチにこだわったソダーバーグの撮り方は正しい。何かを仕向けたり、意図的に伝えたりせず、受け手に自由に感じ、学んでほしい」
デル・トロが語るとおり、ソダーバーグは題材に真正面から取り組んでいる。この2本は、極力独自の解釈を排し、映画にありがちな過剰な演出を避け、ドキュメンタリーのように徹底して史実や記録に忠実にあったこと「だけ」を再現しようと試みるのだ。その結果、立ち現れるのは、“本物の物語”である。


革命成立時のキューバの熱狂、におい、空気感を再現する『CHEチェ 28歳の革命』。



キューバ革命と、その後のゲバラによる国連演説を描いた『CHEチェ 28歳の革命』では、全編、ゲバラの革命理論をナレーションとして入れ続ける。共産主義とは? 資本主義とは? 搾取とは? 闘争とは? 人民とは? 幸福とは? デル・トロ扮するゲバラは、スペイン語で人々に訴えるかのように、ときには自問自答するかのように、しゃべり続ける。
このナレーションは創作されたものではなく、全てゲバラ自ら書き遺したもの(「革命戦争回顧録 (中公文庫)として文庫化されている)。これ以外にもソダーバーグは徹底してリアル路線を推し進める。「RED ONE」なる高画質、高機動の最新鋭デジタルカメラを使うことで、セッティングに時間がかかる照明機材なしでの撮影が可能となった。その結果、熱帯ジャングル下で孤軍奮闘するゲバラとその部下たちの戦いをドキュメンタリーのように追い、スピーディーで緊迫感のある場面を作り上げることに成功した。
また、革命軍からの脱走兵が行った農民への略奪と虐殺。それに対してゲバラが下した脱走兵の処刑など、革命の影とも言える箇所も余さずスクリーンに映し出す。
中でも個人的に注目したのはゲバラの持病である喘息の場面である。発作にのたうち苦しみ、全身を使って「ヒューヒュー」とか細い呼吸を必死に行う姿が痛々しい。実際僕自身、喘息持ちなので見ていて本当に辛かった。デル・トロのこの迫真の演技だけでも見る価値はある。
また、革命場面と平行して描かれるゲバラが国連本部に乗り込む箇所は、粒子の荒いモノクロ映像で撮られており、さらに当時のニュースフィルムをランダムに挿入することにより、リアリティを極限まで高めることに成功している。
緊迫感溢れる演出と映像を息もつかせず提示するソダーバーグと、憑依しているがごとくゲバラになりきるデル・トロ。
彼らがそうまでして私たち観客に見せたいもの。それは、当時、キューバに漂っていた革命の熱狂、におい、空気感なのだろう。


死の影が漂う『CHEチェ 39歳 別れの手紙』。


一方、『CHEチェ 別れの手紙』はひたすら暗く、絶望的だ。
キューバに別れを告げ、次なる革命の地にボリビアを選んだゲバラ。だがボリビアは、明るい陽光と熱帯植物に囲まれた、まぶしさに満ちあふれた楽園キューバに比べ、曇り空と荒涼とした風景がどこまでも続く土地だ。実際映像でも色調を落として侘びしさを強調しており、ゲバラが辿るであろう不吉な運命を暗示させる。
案の定、支援者はヘマをし、地元の共産党からは反対され、せっかく組織した革命軍も士気が上がらない。さらにボリビア軍事政権は、二度目のキューバ革命を阻止しようと暗躍するアメリカのバックアップを受けて、ゲバラたちを徐々に追い詰める。そしても最も手痛いのが農民たちの支持を得られないことだ。
キューバで陽気な男だったはずのゲバラだが、ここでは暗く、陰鬱な表情を崩すことがない。
前作に引き続き、ここでもゲバラの喘息が効果的に使われる。キューバ革命の際は、発作時に部下たちが体を支え、呼吸をラクにしてやろうと奮闘してくれるのだが、ボリビアでは助けてくれる者はいない。一人でじりじりと苦しんだあげく、最後には行軍中に言うことを聞かなくなった馬に激して八つ当たりするのだ。思うに彼にとって喘息とは、自分が助けようとしている民衆そのものであり、内なる弱者の象徴なのだ。その喘息を思うようにコントロールすることができないことが、この時点のゲバラのどうしようもない状況を示唆しており、とてつもなく寂しさを感じさせる。


ゲバラはキリストか?


やがて、ゲバラはアメリカ軍特殊部隊将校の指揮下にある政府軍に包囲され、捕まってしまう。
ここから、物語は神話的な要素を帯び始めていく。
粗末な小屋に監禁されたゲバラは、監視している幼い顔つきの政府軍兵士とほんのつかの間だが、うち解ける。
家族は? 子どもはいるのか? キューバに宗教はあるのか?
屈託の無い問いに答えるゲバラを見て笑顔になる兵士だが、次の瞬間、ゲバラはこう言う。
「この縄をほどいてくれないか」
兵士はとまどい、無言で小屋を出てしまう。一人取り残されるゲバラ。
その後ゲバラは政府上層部の命令により、別の若い兵士に射殺されるのだが、ここでゲバラは躊躇する兵士に向かってこう叫ぶ。
「恐れるな、撃て!」
捕虜であるにも関わらず、兵士の人間性を試し、死の直前であるにも関わらず、自分を殺そうとする者を励ます男。これはまるでキリストのようではないか。なお、このゲバラの最後のエピソードについても、やはり実際に現場に立ち会った人々の証言を基に作られた、限りなく事実に近いものとなっている。

ゲバラとキリスト。デル・トロとソダーバーグもこの奇妙な類似性に気づいたのかもしれない。
実際、エンディングでは、布にくるまれたゲバラの遺体がヘリで運ばれていくのだが、カメラはヘリに乗り込んでゲバラの遺体を上から撮影することにより、まるで遺体が空を飛んでいく…そう、天使に召されていくかのような不思議な映像を作り上げている。
もちろんゲバラはマルクス主義者なので神を信じない(『28歳の革命』でゲバラ自身がそう話す)。にも関わらず、彼を宗教上の聖者になぞらえたのは、デル・トロとソダーバーグの皮肉だったのだろうか? 


常に人間らしくあろうとした男が遺したもの。


いや、そうではないだろう。キリストも人間を信じ、人間を救うために自らの命を捧げた信念の人である。そしてゲバラもその境地に達したのだ。
僕は声を大にして言いたい。ゲバラは最後の時まで人間らしくあろうとした男だったのだと。だからこそ僕も、デル・トロも、そして世界中の人々が今もなお、彼のことを愛してやまないのだ。
ゲバラはそれを証明するような言葉を子どもたちに宛てて書いた手紙の一節に残している。最後に、それを引用して本文の終わりとしたい。


―とりわけ、世界のどこかである不正が誰かに対して犯されたならば、それがどんなものであれ、それを心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それが一人の革命家のもっとも美しい資質なのだ。 



◆『チェ 28歳の革命』 『チェ 39歳 別れの手紙』公式サイト



2 件のコメント:

  1. ザ・パワドリ502009年2月13日 6:23

    ネタバレしそうな空気だったので冒頭の2.3行読んでコメントします。
    ベニチオ・デル・トロの顔が生き写しっぽく似てるのが印象的です。

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  2. ��ザ・パワドリ50さん
    コメントありがとうございます。
    正直、ゲバラの真実をストレートになぞった映画なので、ネタバレしても良いと思ったのですが、念のため(笑)。
    デル・トロそっくりですよねえ。『革命戦士ゲバラ!』(`69)のオマー・シャリフ版ゲバラとは雲泥の差!

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